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2011年1月23日 - 2011年1月29日

2011/01/29

【0356】南海:福助電車&パワースポットのツアー

予告されていた南海の福助電車ツアー(2月26日)の詳細が発表されました。

南海電気鉄道様サイト>堺市内のパワースポットを巡る日帰りツアーを開催します
http://www.nankai.co.jp/company/news/pdf/110127.pdf

行程内に含まれるスポットは下記の通りです。

・貸切路面電車「福助電車」【幸せを招くパワー】
・安倍晴明辻跡【吉凶当てパワー】
・堺市役所21階展望ロビー【未来を拓くパワー】
・方違神社【方災除けパワー】
・たこ焼割烹たこ昌 竹粋亭浜寺店(昼食)【末広がりパワー】
・妙國寺【蘇りと龍神パワー】
・堺市立町家歴史館「山口家住宅」【耐久パワー】
・手作り線香の老舗「薫主堂」【功徳パワー】
・水野鍛錬所【魔除けパワー】

最近流行の「パワースポット」。阪堺電車の沿線にも多数あるわけですが、これらを福助電車と絡めた興味深い企画になっています。安倍晴明と蘇鉄がセットというのは、これは確かにパワーありそうですね(^^;。

移動は福助電車を使用した阪堺の貸切電車と、南海のバスがメインになるようです。福助電車は運行ラストが不明なので、確実に乗っておきたい方は、この日に検討されても良いかと思います。

定員は40人(最少催行25人)、旅行代金は5500円(大人のみ)。2月1日から募集開始との事です。南海の 「ぶらりたび受付ダイヤル」までお電話で。「ぶらりたび」の阪堺電車ツアーは早期に満員になる事も多いですので(【0110】参照)、ご希望の方はお早めにどうぞ。

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【0355】歴史街道:春休み企画「てつ」の町 堺の秘密を探れ

少し先ですが3月26日、表記のイベントが開催されます。

歴史街道推進協議会様サイト>教育プログラム第三弾!堺で鉄の歴史を探ります
http://www.rekishikaido.gr.jp/time-trip/201103sakai/sakaitetunomati201103.htm

コースは南海七道駅→水野鍛錬所→【ここで阪堺線】→刃物ミュージアム→菅原神社→市役所展望ロビー→自転車博物館→仁徳陵 と回って解散。
参加費は大人2000円、小児1500円。小学生とその保護者が対象で、定員は20名、多数の場合は抽選との事です。

サブタイトルは「~堺の歴史を知る、鉄製品の進化を見る、ほんものにふれる~」。
歴史街道版「教育プログラム」企画の一環との事で、堺の産業である刃物、鉄砲、自転車を「鉄にまつわる技術の変遷」という切り口で取り上げた、体験型教育プログラムという位置付けのようです。堺市と堺観光コンベンション協会が協力(共催)、後援は堺市教育委員会、堺刃物商工業協同組合連合会、シマノさんと共に、阪堺電軌、南海電鉄、南海バスの名前が並んでいます。

たぶん抽選になると思いますが、地元の文化と歴史を知る格好の機会と思われますので、ご興味のある方はどうぞ。要綱は上記サイトで。阪堺電車の電停にもパンフが置かれており、こちらをFAXでも良いようです。

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【0354】昭和の南海ロゴ 南海ホークスツアー電車(5)

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2011年1月 綾ノ町-高須神社

今回の企画は非常に凝ったものでしたが、特に163号の愛好団体の方々の装飾は感心、感激させられました。上下両方ともに書体、色調等、どストライクなデザインが施されており、南海電車とホークスに深い造詣と愛着をお持ちの方がプロデュースされているものと思います。知ってる人ほど大拍手されている事でしょう。

特に以前から気になっていたのが、この「南海ホークス」のロゴデザインです。1970年代中盤頃、南海グループ全体に使用されていた書体です。球団では入団発表の記者会見とか、難波駅の外壁に出ていたのを記憶されている人もいらっしゃるかと思います。よくコレを発掘されたと感心しています。

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拡大しました。

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「黄金の日日」記念フリーきっぷ(南海軌道線 1978年)

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マリンホーク就航時パンフ(南海フェリー 1984年)

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南海電鉄100周年記念 タバコ化粧箱(南海商事 1985年)

このタイプのロゴ、特に「海」の字に特長が出ていますが、視認性がよくて力強く、沿線では長らくお馴染みでした。たぶん社章新調(新はぐるま)の際に併せて用意されたものと思いますが、原形はかなり古くから使用されていたようです。

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南海電車案内(南海鉄道 1921年)
確認できた範囲では大正10年のこのパンフがありました。高野合併前です。既に「海」の字に萌芽が見られます。

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大浜潮湯案内(南海鉄道軌道線 1938年頃)
「海」の字はパターンから違いますが、角ばった意匠はほぼ確立されているようです。

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沿線案内(南海電気鉄道 1950年頃)
戦後、近畿日本鉄道から分離した後のもの。やや縦長ですが、エッセンスは南海復活を意識しているものと思われます。ちなみに1950年、大阪球場が完工。この沿線案内から掲載されているようです。

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沿線案内(南海電気鉄道 1956年頃)
戦後の完成形と思われるデザイン。上記の社章新調の際には、これをリニューアルしたものが制定されたと思われます。

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軌道線定期券(南海1979年)
ロゴは75年頃の発行機使用の乗車券にも使用されました。今思うと、定期券の記載駅名にも独自のフォントが使用されているようです。これは改札での評判も良かった事でしょう。軌道線分だけでも解明したいものです。

グループロゴもリニューアルは70年代半ばのようです。阪堺電気軌道(2代)発足時は80年なので間に合っていない事になります。実際、印刷物等では使用されたものを確認できていないのですが、これに準拠したと思われる意匠が、今も見られています。

R011
2011年1月 恵美須町

軌道線分離直後に変更されたもので、右側はたぶん南海時代のものを流用しているものと思います。一部分のみ取替というのが、軌道線の緊縮ぶりを物語っているなぁと当時感じたものでした。この状態になって、この冬で30年になります。目立ちませんが、貴重な歴史の証人だと思います。
という事で、電車の話に戻ってきたようです(^^;。

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【0353】白球飛んで虹となり 南海ホークスツアー電車(4)

復路の電車は逆光上等と、半ば撮影を諦めていたのですが、適度に雲も出ていて、何とか写真になりそうです。寒さの厳しい今冬ですが、この日は比較的穏やかな天候で助かりました。オープン戦があっても不思議でないような気候というか・・・。

大阪球場のオープン戦は、3月初旬の近鉄とか大洋あたりから入り、中旬に巨人とか西武戦、このころになると春場所がスタート、高島屋ではカメラショーというのが沿線の春の風物詩でした。下旬に阪神との定期戦があり、翌週には開幕というパターンだったかな、等と一人で繰言をしていると、ホークス電車が帰ってきました。

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2011年1月 綾ノ町-高須神社
球団旗がパタパタと、風を切っている音が聞こえてきます。

蒼穹に鳴る鳴る 翻る です。

H102
2011年1月 綾ノ町-高須神社
165号通過。車内からトランペットの音色。球団歌のサビ前が聞こえました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
うわぁ、やばっ。涙腺来たがな・・・。

もー。メロディの不意打ちは困りますね(^^;。周りに知り合い居なくて助かりました(^^;。

今回、乗車はできませんでしたが、いい空間にご一緒させていただけたものだと思います。この企画の実現には、相当のご苦労があった事と思います。というか私、南海の公式行事でホークス系のイベントって、ほとんど無理なんだろうと思っていました。これが実現した、それも今年の阪堺線で・・・。愛好団体の方々、応援団の方々と、南海国際旅行の皆様のご尽力に心から敬意を表したいと思います。あと車内から手を振ってくださった方々、沿線で見送っていた往年のホークスファンの方々にも、この場で御礼を申し上げます。

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2011年1月 北天下茶屋(回送)

最後の回送はどこで見送ろうかと思ったのですが、気が付けば北天下茶屋に居ました。私はこの町で、チン電とホークスのファンになりました。

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2011年1月 松田町-北天下茶屋(回送)

野球に生きて夢多き 南海ホークスさあ行こう!

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南海ホークス子供の会 会員用帽子(^^)

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【0352】思い出の久保寺雄二選手 南海ホークスツアー電車(3)

今回ツアー中、選手OBの方から、久保寺選手のお話が聞かれたそうです。やっぱりホークス、ええチームやったんやなぁと思いました。ちょっと電車の話題から離れますが、この機会に少々・・・。

先の【0300】でご紹介した画像(大阪球場スコアボード)について、複数の読者の方からお問合せをいただきました。この日、久保寺選手が打ってるハズですよ、と。
改めて画像を見ますと、8回ウラ、南海は4点を取ってなお無死で攻撃中。怒涛の猛攻です(^^)v。打順が1番(ドイル選手)に返ったところでオリオンズが投手交代、の間に撮った写真のようです。という事で調べますと、ハイその通りでした。みなさん凄いですねぇ(^^;。恐れ入りました。ご教示ありがとうございます。

1984年8月28日 大阪球場の南海-ロッテ19回戦(18時15分開始)。スコアはこのまま で終了しています。山内孝徳投手が完投で12勝目、勝利打点(←懐かしっ)は河埜選手。ロッテは石川から土屋のリレーだったようです。意外とあっさりした継投で、得点の割に試合時間が短いのが時代を感じさせます。
本塁打は南海に4発出ており(^^)、河埜14号、ドイル12号、久保寺6号、吉田4号。8回の4点は久保寺選手の3ラン、続いて吉田選手がソロを打っています。

たまたま写真を撮っていました。画像が粗くて恐縮ですがご覧ください。

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藤原コーチと握手、三塁を回る久保寺選手。オリオンズのサードは落合ですね。

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ランナーの山田、新井両選手がホームイン。続いて久保寺選手がホームへ。

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タカちゃん人形を手にベンチへ。

久保寺選手というと、忘れられないのが鮮烈なデビュー戦です。確かサンテレビで観たのですが、入団一年目の77年西宮の阪急戦で、代打で出てきていきなり、山口高志からレフトフェンス直撃のツーベース。後続選手の犠飛2本で難なくホームに戻ってきたシーンが、今も脳裏から離れません。天下茶屋の草野球小僧共には衝撃的で、あの33番の選手、凄いなぁと小学校でも話題になったものでした。南海ベンチに戻った久保寺選手を、先輩選手が盛大に歓迎して迎えていた様子も印象に強く、この時、ホークスってええチームやなぁという思いを強くしたものでした。

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思い切りの良いフォロースルーが身上でした。1984年 近鉄戦

1984年は背番号を7に改め、サードのレギュラーとしてスタートしたのですが、定岡選手の負傷でショートに回らざるを得ず、ご本人も不本意な一年ではなかったかと思います。来年が勝負やなぁと思いながら、この年のホーム最終戦、試合前の練習から、ずっと久保寺選手を目で追っていたのを覚えています。9月末なので18時頃には完全に日が暮れていた大阪球場。カクテル光線の下でキャッチボールをする7番のユニフォーム姿は、一生忘れる事はないでしょう。

東海道線で三島駅を通る際は、常に車窓右手のお寺に目が向き、そして心中で手を合わせています。あれから26年。享年と同じ時間が過ぎようとしていますが、往時を知る南海ファンの方々と共に、久保寺選手の活躍を記憶していきたいと思っています。今回、ご連絡をいただきました皆様、本当にありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。

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【0351】OB選手もご参加 南海ホークスツアー電車(2)

今回のツアーでは、ホークスOBの選手の方々も同乗されていたそうです。事前の国旅リリースでは、河埜敬幸選手、森口益光選手、山田勉選手がノミネートされていました。

南海国際旅行様サイト
http://59.190.131.118/NTIWEB/TourDetail.aspx?tc=DOF5S1HAWK01&pfg=0&nfg=0&bfg=0&rfg=0&sfg=0&op=0&dpi=0&ev=0&via=TourList.aspx#start

河埜選手というと、レギュラーに定着した79年、春から安打を重ねて大活躍していた時の印象が鮮やかです。ライトグリーンのユニフォームは、やや力強さに欠けた印象もあったのですが、河埜選手が着ると凄くスマートで格好良かったものです。当時、中学の同級生の女の子が河埜選手の大ファンで、毎日学校で喧しかった事も思い出しました(^^;。彼女、いまどうしてるんだろう・・・。それと84年、センターにコンバートされた年にフル出場で奮闘していた事も記憶に強いです。この年はベストナインに入れて欲しかったんですけど。内野に戻った後はスーパーサブ的な起用が多かったと思いますが、ここ一番での勝負強さは健在でした。左手の捌きで左右に打ち分けツーベース…というのは、河埜選手の真骨頂だった気がします。

森口選手を最初に意識したのは、76年の大阪球場第一戦だったかと。江夏投手が先発の近鉄戦で観客も多かったのですが、試合途中にブルペンに向かった22番を見て、周りの観客が「近大の森口やん、ええ投手獲ったなぁ」とざわめいていて、子供の私も活躍を楽しみにしていたものです。翌年から一軍に定着し、主戦投手の一角を占める事になりました、丁度ホークスが低迷期にさしかかる時期にあたってしまい、なかなか勝ち星が伸びなかったのが気の毒でしたが、先発したら大概は完投していた印象もあり、山内新一、藤田学両投手と共に、懸命に南海のマウンドを守っていたという記憶があります。
この時代、ピッチャーは30歳を前に球速が落ちてくるというのが通例でしたが、森口選手はベテランになっても球が速かったのが評判でした。今思うと、しっかり体のケアをされていたのだと思います。

山田選手は87年、佐々木選手とのツープラトンで1番センターに起用、快打を重ねました。センター前、あるいは三遊間を抜く執念を感じさせる打球の記憶が残っています。大阪市内(平野線方面?)のご出身だったかで、二軍戦で修行されていた当時、関係者の方(お父様?)が熱心に観戦に来られていたのを覚えています。ご家族の方は控えめに観戦しておられたのですが、それを知るウエスタン常連客は、山田選手が活躍すると「ええぞっ、山田!」とヤンヤの喝采(^^)。その声にご家族は、深々と頭を下げておられたものです。こういったアットホームさが、南海の魅力の一つでありました。

身近さというと、ホークス選手が近所に住んでいるという話も結構あって、百舌鳥の友人が「近所でよく河埜を見る」と自慢していたり、栂・美木多の駅には「地元に住んでる山内孝徳投手にご声援を」というポスターが貼ってあったりという、沿線ならではの話題にも事欠きませんでした。私も、山本和範選手が大浜に住んでいるのが嬉しかったりしたものですし、学校帰りには中百舌鳥球場(秀鷹寮)をウロウロしてサインを貰ったりして、つくづく良い時代だったなぁと思います。
あと、ホークス黄金期のOBの方々が、船尾から高師浜あたりに何人も居住されていました。1960年代の選手名鑑などを見ると、主力選手だった方は堺の海沿いか帝塚山付近かに集中していて、当時この界隈が高級住宅地であった事が伝わってきます。
OBでは今回、宅和本司さんもご参加されていたそうです。私の世代ではMBSの「GO! GO! Hawks」が印象深いですが、1954年新人王の伝説の大投手。ちなみに1954年のホークスは僅差でライオンズに優勝を譲っていますが、リアルタイムで観ていた方が以前「ホークス史上で最も迫力のあったペナントレースが昭和29年」と話されていたのが忘れられません。宅和さんはこの年、高卒ルーキーで26勝(!)の数字を残されています。

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2011年1月 我孫子道(公道から)

入庫休憩時には、OB選手を囲んで盛り上がっていたようです。いいなぁ…。


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【0350】堂々の3両運転!南海ホークスツアー電車(1)

既報の通り23日、南海ホークスファンを対象としたツアー電車が運転されました(^^)。
私も参加したかったのですが、年初に都合がついた段階で既にソールドアウト(泣)。なので沿線で声援を送らせていただきました。

今回のイベント、南海国際旅行のチャーターで2両(170、165)を運転。さらに一般の貸切として、毎年同様の行事を企画されている団体で1両(163)が用意されました。都合3両、なのでこの日、阪堺電車には百数十名の南海ホークス愛好家が集結した事になります。世紀の企画、花咲かす。これを快挙といわずして・・・。

午前の沿線で、いきなり旧知のG君に遭遇。今日のイベントに参加されるそうです。羨ましいなぁ・・・。後で話聞かせてなぁと言いつつ見送り、電車を待つ事にします。

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2011年1月 聖天坂-天神ノ森
一番手は団体の方の163号。濃緑色が似合います(^^)。

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2011年1月 聖天坂-天神ノ森
続いて国旅1両目、170号が通過。カッコええなぁ。

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2011年1月 天神ノ森
カーブを抜けて165号。これで3両揃いました。

南海ホークスさあ行こう!

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2011年1月 綾ノ町
イベント入庫に先行して堺へ。球団旗には選手、関係者の方々のサインがいっぱい。163号の団体さんは、非常に装飾が凝っています。

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2011年1月 綾ノ町
続いて170号も浜寺へ。沿線にもファンがいっぱい。大和川ではホークスの旗を振って見送られていた方もいたそうです。この画像右側でカメラを構えている方も、南海の帽子を被っておられます(^^)。

立地的に大阪球場へは鉄道線(本線、高野線)で行く事が多かったのですが、軌道線もちょくちょく利用して行きました。デーゲームの済んだ後、古本屋さんとか日本橋を寄り道しながら帰るというパターン。またナイターの時は試合前に、逆のコースで蔵前通に向うという形。特に中高生の頃は多用しました。なので阪堺線と大阪球場をセットしての思い出は、夏場の夕方の斜光線が思い浮かぶという感じでしょうか。個人的に一時、阪堺線で観戦に行くと、妙に勝率の良い事があったので(特に80年前期と84年)、ゲン担ぎの意味でも利用した気がします。まぁそんなもんで勝負事はどうにもならんのやと、毎年6月に入れば思い知らされたものですが(^^;。
また上町線経由でのルートは、藤井寺の帰りにしばしば利用。特に南海天王寺線のカット後は重宝しました。80年代の近鉄ビジターは総じてロクな思い出がありませんけど(^^;、観戦の余韻を冷ましつつ帰宅するには、電車の窓から入る夜風が心地よかったものでした。

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1984年
阪堺線経由で大阪球場に行っていた証拠ネガ(笑)
161形でパチパチ撮った後にナイター。ピッチャーは山内孝徳選手です。阪堺電車に冷房車が入ったのはこの翌年で、当時は夏の夕方にも161形が普通に運用されていました。また運賃は2区間がちょうど200円だった時代。今回の運賃改定は、四半世紀前の水準に戻った事になります。つい昨日みたいに思っていますが、それなりに時間が経っているワケですね(^^;。

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【0349】好調続く敬老優待

25日の午後に時間がとれましたので、平日日中のご高齢者割引の様子を見てきました。
ふらっと乗った阪堺線、ほぼ椅子が埋まっており、年配の方が多数乗車されておりました。もともと日中の阪堺線は年配の方が多いのですが、人数、比率共にアップしていると感じます。

午後の上り電車では、浜寺始発からコンスタントに乗降がありました。どちらかというと短区間の利用が多い風に感じましたが、これは時間帯によるのかも知れません。夕方の下り電車では、天王寺駅前から結構な人数で住吉まで到着。と、ここまでは従来にも見られた状況で、以前は安立町と我孫子道で多くが下車してしまっていたのが実情でしたが、この日は我孫子道に来ても、そのまま皆さん車内に残っています(^^)。我孫子道では恵美須町からの乗換客も加わり、多数の乗客が大和川を越えていました。堺市内に入ってもポツポツと短区間の乗車があります。

おでかけパスは降車時に運転士さんに提示されますので、他の座席からは確認が難しいものですが、運賃箱にワンコインを投入されている方は多く(これは音と仕草で判ります)、ご高齢者割引を利用されている方が多数居た事が見てとれます。ご夫婦で一組と、別にご婦人お一人にお話をお伺いしますと、下記のご意見が聞かれました。

・優待実施は市広報や報道で知っていた(3名共通)
・20日も利用した(3名共通)
・曜日は基本的に関係ない(3名共通)
・行先、目的は堺市内←→堺市内 お孫さんを見に、往復とも午後の利用(ご婦人)。堺市内←→天王寺 買物その他所用 往路が昼前、帰路が夕方(ご夫婦)。
・以前も阪堺線は利用していた(ご婦人)。以前はあまり乗っていなかった(ご夫婦)。
・今後、利用頻度は上がりそう(3名共通)

少ない例ですが、割引策の周知度が高く、其々に有効に活用されている一端は感じていただけると思います。今後の利用頻度が上がりそうと感じておられるのは心強いところです。今までなら家でジッとしていた方が、外出される習慣をつけていただけるのでしたら尚、有益な話だろうと思います。
私も内心、1月スタートの優待実施は気候的に厳しいかな、効果が出てくるのは春頃からかな、という思いも無くは無かったのですが、年配の方々のレスポンスは想像以上だったようです。

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2011年1月(ご許可を得て撮影)

この方々とは別に、グループで乗車してこられた女性の方で、優待対象になっている方が同行の人達に「私ら、15日から阪堺線100円やねん、あんたらも天王寺まで200円になってんで~!」と、大いに宣伝をして下さっているのも目にしました。
やった! 実は私、コレを一番期待していたのでした(^^)。デイタイムの主力ユーザーは年配のご婦人ですし、こういうお母さん方の口コミが今、阪堺線の一番の戦力になると思います。

こういう光景を、市役所の人とか議員の方々、また報道関係に是非見ておいて欲しいなぁと思いつつ乗車してますと、我孫子道で下車したご婦人に、テレビクルーの方々がインタビューされている光景に遭遇しました。上り発車までの時間中、耳をダンボにして聞いてますと(^^;、ご婦人は阪堺線の優待サービスを激賞しておられるようです!

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2011年1月 我孫子道

ええぞ、おかあちゃん! もっと言うたって(^^)。
心の中で応援している内に、電車は我孫子道を離れました。この後インタビューがどうなったかは知る由もありませんが、いろんな人の思いが沿線で、少しずつ形になっているのかなと感じる事が増えました。阪堺線は内外で、少しずつ変わってきています。

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【0348】石井杏奈さん「路面電車に乗れば」全軌協もサポート

先週から、美しいお嬢さんのポスターが沿線に出ています。

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2011年1月 細井川

路面電車で行こうよ と呼びかけるポスター、ロケ地は広島電鉄でしょう。石井杏奈さんというアーチストのセカンドシングルのPRという事ですが、「協力:全国路面軌道連絡協議会」という文字もあります。
気になって調べますと、石井杏奈さんはアクターズ広島出身。16歳にしてUSENインディーズチャート1位という素晴らしい実績を持つアーチストでありました。

広島県観光連盟様サイト>広島電鉄株式会社, 新着ニュース, 株式会社テレビ新広島>石井杏奈 2nd Single「路面電車に乗れば」

http://www.kanko-hiroshima.or.jp/2010/08/20/%E7%9F%B3%E4%BA%95%E6%9D%8F%E5%A5%88-2nd-single%E3%80%8C%E8%B7%AF%E9%9D%A2%E9%9B%BB%E8%BB%8A%E3%81%AB%E4%B9%97%E3%82%8C%E3%81%B0%E3%80%8D/

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路面電車のやさしさが伝わってくる曲だと思います。サイトではPVも紹介されており、これまた素晴らしい構成になっています。地元を大切に、素直に育ったんだなぁという印象。ああ広島が羨ましい(^^;。
阪堺沿線の多くの方にご覧いただきたい、そして買ってあげて欲しい曲だと思います。一見すれば、多言は無用でしょう。

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【0347】初代阪堺をフィーチャー~通天閣記念展示(2)

通天閣3階のヒストリー展示では、初代阪堺電気軌道開通時をイメージしたジオラマが設置されています。このジオラマが、非常に気合の入ったものになっています!

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恵美須町駅頭!

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ジオラマは大型で、細部まで作りこまれています。奥のホームには電車が入っています。

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発車を待つ阪堺電1形。

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横から見てみましょう。非常によくできています。

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堺筋側から見た風景。明治のターミナルという感じです。

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恵美須門も再現されています。横に聳えるのは、初代阪堺電気軌道の本社社屋です!

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瀟洒な建物は、新世界の入口に相応しいランドマークだったのでしょう。

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当時の絵葉書(所蔵:K生)
一連のジオラマは、この写真を基に作られたのだと思います。労作に拍手です。
阪堺電車に関心のある方、どうぞ見てきて下さい。

ただいま通天閣観光さんのサイトでは、阪堺電車「のんびりおでかけん」へのリンクが貼られており、特製バナーも登場しています

(^^)。
通天閣観光様サイト トップ
http://www.tsutenkaku.co.jp/

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【0346】1912年の新世界へ~通天閣記念展示(1)

先月から通天閣の上層階がリニューアルされています。立ち上げの様子は【0284】でお伝えしましたが、展示の雰囲気を、この機会にお伝えします。

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入館すると先ず、阪堺電車キャラクター募集のポスターが。ここの掲示は百年祭ロゴが追加されています。

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まずは5階展望台で夜景を。大阪球場のあった辺りを遠望

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4階は照明が凝らされています。夜はここの方がオススメですね。

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下りエレベータがタイムマシンのように演出されています。ドアが開くと・・・。

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新世界の恵美須門が再現されています。初代通天閣に通じる門です。

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展示はパネルとジオラマで構成されています。右のジオラマは後述。

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ルナパークから望む通天閣のジオラマ。ロープウェイも再現されています。

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夜景も表現されています。ええ感じですね。

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映像でも通天閣の歴史が紹介されています。

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【0345】新世界行事で阪堺電車PR

先週の土曜日(22日)、新世界のスパワールド前で、ストリートライブが行われました。このイベントに際して、阪堺電車でもPRが実施されています。

大阪市>浪速区役所様サイト>イベント>~新世界誕生100周年プレイベント~新世界ストリートライブに百年祭オフィシャルサポーターの今宮高校ダンス部が出演します!
http://www.city.osaka.lg.jp/naniwa/page/0000108836.html

ストリートライブは、新世界100周年実行委員会と新世界援隊(新世界町会連合会 若手の会)が地元出身のアーティストを招聘して行っているもので、今回は特別企画として、府立今宮高等学校のダンス部が招かれたとの事でした。今宮高学ダンス部は、昨年、ロサンゼルスの大会で世界一を獲得してきたという名門で、新世界&天王寺動物園百年祭のオフィシャルサポーターも務められている由です。

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颯爽と準備中。部員はみなさん、キビキビしていて感心しました。

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阪堺の営業の方もPRを開始。場所はスパワールド北から通天閣に続く辺りです。

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浪速区の区長さんがご挨拶

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世界一の演技が始まりました。

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ギャラリーがどんどん増えてきました。

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阪堺電車をよろしく(^^)

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観衆の手には「のんびりおでかけん」の案内が

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阪堺電車、乗り場はアチラです。

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演技終了後も、阪堺の人はPRを続けておられました。

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スパワールドでは「のんびりおでかけん」のクーポン提示で100円引きを行っています(【0145】参照)。チケットは総合案内所で購入して下さい(券売機は割引なしなので)。
ここで出てくるチケットが上記画像。今では貴重品となった「特別日用」カードが使用されています。磁気カードの研究者の方はご注目下さい。

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【0344】線路改修続報(2011年1月)

大道筋北側でも線路改修が進んできました。

E001
2011年1月 花田口
上り電停前の様子。手前が今回確認できた箇所。以前の芝生軌道テスト箇所に続けて施工されています。

E002
E003
2011年1月 妙国寺前
上が上りホーム(南)。下が下りホーム(北)。交換用のレールが配置されています。次はこの辺りでしょうか。

少しずつですが、改修が進められています。引き続きの進捗を期待しましょう!

E004
2011年1月 大小路
線路改修とは別件ですが、「花の大道筋」は冬場も実施されています。寒い中、丹念な作業が行われています。

(画像の無断転載はお断りします)

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【0343】阪堺電車の絵画展示

「チンチン電車を愛する会」からご案内が届いていました。

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展示名:【岩本かずえの堺を走るチンチン電車】
作者:岩本かずえ様
会期:2月22日~2月27日(11:00~17:00)
会場:山之口商店街 ギャラリー「夢庵」
   堺市堺区市之町東2-1-6
大小路界隈「夢」倶楽部様サイト>「夢庵」MAP
http://www.eonet.ne.jp/~yume-club/tizu.htm
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堺の風物を描いてご高名な岩本先生。阪堺線を扱った作品も数多く描かれています。今回は新作も多くあるようで楽しみです。会場は大小路電停からスグです。どうぞ阪堺線でお越し下さい!

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