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2011/07/12

【0493】第1回HOPE展‐住吉・平野郷・田辺‐歴史のまちなみ‐

7月10日まで、大阪住まいのミュージアム(今昔館)で、「住吉・平野郷・田辺‐歴史のまちなみ」の企画展示(第1回HOPE展)が開催されました。

住まいのミュージアム様サイト>企画展示>第1回HOPE展
http://house.sumai.city.osaka.jp/museum/contents/kikaku/main_z2007.html#h230618

住吉はもとより、田辺平野も平野線沿線という事で、阪堺電車、南海軌道線と関連の深い街である事はいうまでもありません。展示品にも電車にまつわる物が散見され、住吉における馬車鉄道や初代阪堺電1形の絵画があったり、地域交通の要としての平野線の存在を伝える紹介も見られました。企画展示会場内の撮影は不可能でしたが、いただいた配布物に、展示と同じ写真が掲載されていたので1点。

Mni001
出典:田邊まちなみ手帳 にんやか田邊21頁(画像解像度は落としていますが、問題がありましたら対応いたしますのでお申し付け下さい)

田邊HOPEゾーン協議会発行の冊子に掲載されていたもの。初出は田辺町史かと思われます。南海平野線田辺駅に停車中の電車とされており、車両は電1形33号のようです。車番標記などの仕様は初代阪堺当時の状態です。電1形の原形仕様の写真は、阪堺線運用時のものは比較的多く残されていますが、平野線での姿はあまり見かけません。

平野のまちづくり活動の足跡には大きなものがあり、大阪近郊における旗手との感もありますが、その活動の発端が平野線の廃止にあった事は、以前にもお伝えした通りです。先年に関係者の方からお話を伺った際には、次世代への継承を課題の一つとされていたようですが、これも段階を追って対応されているようです。平野に接する田辺は、中央での認知度の点では地味な存在かも知れませんが、界隈にはまとまりのある空間が残されており、これを大切にしようとの機運が顕在化してきているようです。住吉付近は、歴史的に大きな存在である事は論を待ちません。それが余りに大きかった故に、どちらかといえばアピール等について控えめな印象を受ける事もありましたが、本腰を入れれば大きな力を見せる街であろうというのは疑いのないところで、近年の「すみ博」に代表される積極展開と実績は、今後への大きな可能性を期待させるに充分ではないかと思います。

上掲冊子では田辺の位置づけについて「街道と歴史が織りなす にんやか田邊」との記載があり、なるほどと感じた次第。ここでは四天王寺、住吉大社、平野郷に囲まれ、其々と街道で結ばれていた事、熊野、高野への通行路であった事についても触れられています。地域毎独自の気質や文化を保ちつつ、相互に関連して今日に至っている街というのが、今回対象となっていた3エリアの共通項なのかな、という印象を受けています。
ご紹介が遅れてしまい、会期は終了していますが、HOPEの取り組みについては、今後も注目していきたいところです。

大阪市役所様サイト> 住まい・まちづくり>HOPEゾーン事業
http://www.city.osaka.lg.jp/toshiseibi/page/0000110903.html

ちなみに住吉については、堺市博物館の所蔵資料も多数展示されていました。堺と住吉の関係については何度も記している通りですし、次に機会がありましたら、こういった面でのPR相互乗り入れ等も期待したいところです。個人的には平野郷と堺の旧市(環濠エリア)、田辺と旧市北側(高須界隈)あたりに、微妙に通じるものを感じたりしています。堺市が拡大政策を採っていなければ、情勢はどうなっていたのかな等という点も興味深いところですが、この辺の話題は、また機会があれば・・・。

Mni002
常設展示には大阪のメインストリートだった堺筋のジオラマが。市電は1601形でしょうか。この先にあったのが、南へのターミナルとしての恵美須町でした。

(画像の無断転載はお断りします)
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