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2010/12/23

【0299】論集掲載原稿 ~岡山大会(3)~

岡山大会論集の原稿を下記に示します。
原稿には紙数制限があり、内容はかなり要約を迫られています。また発表にあたっては15分の持ち時間が定められており、パワーポイントを併用しつつオーラルでの説明を行う形となりましたので、原稿に当日の発表内容の全てが含まれているものではありませんが、この点ご容赦下さいませ。
なお脱稿は10月22日で、当初〆切を数日遅れています(^^,。理由は文中記載の通りですが、ご理解いただきました事務局の皆様には、この場でも厚く御礼を申し上げる次第です。

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阪堺電気軌道堺市内区間 存続運動の経緯と現況

阪堺線存続検討ワーキンググループ 

はじめに
 2010年10月20日、阪堺電気軌道・山本社長は堺市・竹山市長と会談を持ち、阪堺線堺市内区間の2011年4月以降の運行継続について基本合意を交わした。これにより、2009年秋より注目を集めていた同区間の存廃問題は、当面の解決を見る事となった。存続活動に取り組んでいた者の一人として、一応の安堵を覚えてはいるものの、今後取り組むべき問題は山積しており、活動には一層の充実が求められているのも事実である。今回の運行継続合意を機に、路線存廃問題と存続活動の経緯を振り返ると共に、今後に向けての方向性を探ってみる事としたい。

1.急浮上した存廃問題
2009年9月の堺市長選の結果を受け、LRT東西新線(南海本線堺駅-阪堺線大小路-南海高野線堺東駅間 約1.7km)は建設中止。これに伴い浮上したのが阪堺線堺市内区間(我孫子道-浜寺駅前間 約7.9km)の存廃問題である。新線計画と一体として高度化が計画されていた既存路線が、一転、廃止不可避の危機的状況に直面する事となった。

2.阪堺電気軌道 近年の動向
 阪堺線は1911年の開業。後に合併した南海鉄道上町線等と共に大阪軌道線を構成した。高収益路線として長く南海の屋台骨を支えたが、昭和年間中盤より乗客数が漸減に転じ赤字部門化。度重なる合理化の後1980年、軌道部門の分社を実施した。以後、収益面では善戦を続けていたものの乗客減は続き、1990年代後半からは関連事業を含めた収益も悪化した。連結決算導入を控え、南海系列全体での体質改善が急務となる中、乗客減著しい阪堺線堺市内区間の扱いが俎上に上った。阪堺では積極的な販促活動を行うと共に、堺市当局に対し、乗客増と事業者負担の軽減に関する折衝を行ったが、市側から即効性、具体性を伴う回答は得られなかった。2001年、阪堺は堺市に対して公式に支援要請。さらに2003年春、自力での存続を限界とし、堺市に阪堺線(堺市内)の存廃協議書を提出した(事実上の撤退表明)。折りしもこの頃、堺市においてはLRTによる東西新線の構想が具体化、以後数年の経緯の後、阪堺線堺市内区間との一体運営が決定、路線の再生は確実視されていた。同計画は公設民営方式の導入が決定、架線レス方式検討等の話題もふりまきながら、特許申請を目前に控えていた。

3.存続・活性化活動の立ち上がり
 2010年2月、阪堺線存続検討ワーキンググループ(以下、WG)は、「阪堺線再生プラン」提言書をまとめ、堺市市長、堺市議会正副議長に提出すると同時に関係各方面に発表を行った。対外的な活動開始はこの時からで、一般的な路線存続活動の経緯(組織を作り活動基盤を整備し、一つの結論として提言書等を発表)とは異質な形となっている。これは市長選直後の沿線に存在した誤解を避けるべく、具体的かつ一定の説得力を有する活動である事をアピール必要があった事から生じたもの。当時、阪堺線存廃問題が有していた特殊性について、ご拝察いただければ幸いである。

4.活動の定着と進展
 WGはメンバー、内外協力者を交えての討議を月2~5回程度開催。この間対外的に実施、あるいは継続中の主な活動を以下に列挙する。特に路面電車サミットにおいては、全国路面電車愛好支援団体の一員に加えていただき、「サミット宣言」に阪堺線存続への一文を加筆していただくなど、格別のご高配を賜った。

・阪堺線存続危機訴求ポスター掲示(2010年3月)・・・阪堺全電停、沿線多数箇所に掲出。
・沿線美化活動(同年3月から3回実施)・・・各種団体とのコラボも実施。今後も継続計画中。
・近畿弁護士会との意見交換(同年4月)・・・「公共交通優先のまちづくり」提言メンバーと討議。
・障がいをお持ちの方々と意見交換(同年5月)・・・「大阪にLRTを走らせる会」会員と討議。
・第10回路面電車サミット出席(同年5月)・・・阪堺電軌の現況を報告。存続活動への支援を要請。
・路面電車まつり参加(同年6月)・・・阪堺電軌車庫公開行事にブース出展。存続支援を訴求。
・阪堺線活性化フォーラムを開催(同年8月)・・・沿線識者を招き討議。今後も継続計画中。

5.行政・事業者の取り組み
今春以降、行政・事業者において見られた主な動きは下記の通り。

2010年3月  堺市 庁内にて阪堺線活性化検討を開始
2010年4月  堺市 阪堺線活性化市民提案公募
      南海 I Love チン電キャンペーン開始
2010年6月  堺市 阪堺線支援策(案)を発表
      南海阪堺・東京都電のコラボ強化
2010年7月  阪堺 堺市支援策による協議応諾を表明
2010年8月  堺市議会 阪堺線支援策を討議
2010年9月  堺市議会 阪堺線支援を含む補正予算を承認(全会一致)
2010年10月 堺市・阪堺は2011年4月以降の運行継続について基本合意

6.本邦公共交通界における阪堺線問題
 昨年以降、めまぐるしい変化を見せた阪堺線周辺情勢は、一応常識的な着地点に達したかに見える。特に竹山市長の交通問題に関する認識の進化は目覚しく、これに対する市議会の冷静な対応と共に、今回の運行継続合意に果たした功績の大きさは特筆に価するものと考える。
 公共交通の維持活用と発展がもたらす可能性について、研究者間における認識は日毎に深化してきた反面、一般の市民生活との接点の希薄さから、結果として一部篤志家による符丁世界の如き印象を持たれてきた感がある事は否めない。それでも社会は回り、研究者はかかる事態を周囲の同士と嘆くばかりの日々が続いていたが、それだけでは済まない時代が、いよいよ到来してきた感を強く受けている。昨今の公共交通をとりまく情勢について、一定の社会見識を有する人物が正しい情報を取得すれば、自ずと方向性は定まってくるものであるという実証例を示せているなら、堺市でおきた様々な混乱事例にも、相応の意義があったのかもしれないと考えている。

おわりに
 来春以降の運行継続合意は交わされたが、予算、施策の面では2010年度予算による単年度の支援措置が決定した状態であるに過ぎず、今後の状況如何では、支援策の縮小、廃線問題再燃の可能性も少なからず存在している。これらを踏まえWGには、さらに精力的な路線存続活性化活動が求められているものと考える。堺においては沿線外居住層の方々への理解深度化(市内総合交通体系の構築も含)、阪堺沿線では大阪市内側の市民、組織の方々との連携強化、さらに行政、事業者、各地の交通支援団体との連携や交流など、今後の取組対象は多岐に亘っている。課題は山積しているが、何より愛するチンチン電車・阪堺線の周辺で今後も活動できる機を得られた幸運に感謝し、個々のテーマを楽しみつつ、息の長い活動を続けてきたいと考えている。これまで各方面から賜ったご支援、ご厚情に感謝すると共に、今後さらに倍旧のご指導、ご鞭撻をお願い申し上げる次第である。

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