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2010/05/07

【0077】雑誌「大阪人」平野線資料

【0043】でもお伝えしました「大阪人」。今月は東住吉区の特集です。
チン電と東住吉区といいますと、そう、南海平野線でございます。現在の区域では股ヶ池-中野間が該当。平野区分区の前は、以東平野終点まで、南海軌道線が東住吉区を走っておりました。

何か関連ネタはないかと思って眺めていますと、中野の鍼屋さんの記事がありました。近隣に今も残る「でんしゃのりば はりみち」の道標、7箇所もあった等と書かれていますが、挿入されている写真(68頁)を見て激しく吃驚。

阪堺軌道 平野支線名勝

うわっ 出た! というのがファーストインプレッション(^^;;。
写真では表紙だけ紹介されているのですが、電車形の切り抜き版が施されていて、かなり手間の掛かった意匠であった事が感じられます。挿絵には鍼屋さん関連の図版(ツボの一覧?)が配されています。

阪堺電気軌道(初代)は旺盛な営業活動で当時の南海鉄道に攻勢を掛けていましたので、沿線案内類も相当に豪華なものが用意されていたようです。阪堺線関係でも一種類ではなかっただろうし、大浜潮湯や海上楼のもあったと思われますが、平野線バージョンがあるとは知りませんでした。それもこんな豪華版という。恐るべし、片岡直輝スピリットであります。

こういうのがあるから「大阪人」は目が離せないという。平野線がメインの記事ではないのですが、南海軌道線ファンの方には一度見ておいていただきたい資料だと思いますので、ここにご紹介する次第です。

「大阪人」2010年6月号(Vol.64-06)
発行元:大阪都市工学情報センター
発行日:2010年(平成22)6月1日付
定価:580円(税込)
雑誌コード:02183-6
http://osakajin.osakacity.or.jp/newissue/index.html

南海平野線の最終日は、1980年11月27日でした。この日付は、一生忘れられないでしょう。
30年の時間が経とうとしている今も、この電車を懐かしむ方々が、地元には数多くいらっしゃいます。平野というと、市民まちづくりの先進例として日本でも有数の存在で知られていますが、活動の発端は平野線の廃止からでした。関係者の方にお話をお伺いしていますと、電車を失う寂しさだけでなく、人の流れの変化に伴う街の動静なども教えていただけます。旧南海平野駅の周辺では、人が来なくなることによる衰退ぶりが、かなりわかりやすい形で現れてしまっています。堺に限らず阪堺電車の沿線では、いま平野や東住吉の方々から学べる事も多いのではないかと感じています。

平野線については、また追々。

大阪旧平野郷地区まちづくり情報(おもろいで平野)様サイト
http://www.omoroide.com/index.html
みのおウェーブ様サイト〉各地のまちづくり=大阪平野=
http://www.minoh-wave.net/town/report/hirano.htm

Photo

1980年11月 南海平野
(画像の無断転載はお断りします)

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