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2010/03/09

【0015】万葉線存続運動・蝋山先生ご講演(6)

(高橋) 先生のお話で、革新的な第3セクターというお話がありました。いわゆる声を出す市民、株主としての市民、経営に声を出す市民の存在が1つの要素と伺ったところです。この場合において公共、官の役割は、従来は公共性の付与ということだったと思いますが、新しい先生のイメージされている革新的な第3セクターにおいて、公共、官の役割はどのようなイメージになるのかを教えていただければと思います。

(蝋山) 第3セクターでの官の役割は、首長が社長になって銀行からの借り入れの時に、首長はそれほどお金持ちだとは思いませんが、首長が社長になっていると短期の資金でもお金を貸してくれるという役割です。極端に言えばそれ以外にはありません。 しかし、私はそれではまずいと思うのです。ですから、市や県が出資者となって、株主としてきちんと株主権の行使をするということが大事だと思います。そのためにも、社長は市長や知事といった首長でない方が良いのです。そして、株主としてきちんと声を出す、市民と株主としてきちんと声を出すということが必要です。株主総会をきちんとやるということです。これは第3セクターだからそういうことが言えるわけです。私は、具体的にそれほど詳しく第3セクターの経営を観察したことがありません。知っている範囲で言うと、らいちょうバレーは第3セクターですが、らいちょうバレーのスキー場としてのパフォーマンスは良くありません。一体市長をはじめ何人の株主の方が、らいちょうバレーのスキー場で滑ったことがおありでしょうか。やはりそれではまずいと思うのです。

 ですから、万葉線であれば、電車に乗る市民が最低5万円の株主になる。一株株主は大変イメージが悪いのですが、私は良いイメージに変えるべきだと思います。そういう中で官の役割とは、そういう株主の大株主としての役割があります。しかし、大株主が同時に経営者になると、ガバナンスのメカニズムが崩れてきます。そういう点で、きちんとした大株主のもとで期待を一身に担う雇われ経営者が経営者としての能力を発揮する、経営と資本の分離をされた方がよろしいのではないでしょうか。

 逆に言えば、設備資金は必要ないかと思いますが、そこに運転資金をお貸しになるところには、首長が株主で社長の第3セクターにはお金を出さないというくらいに言っていただいた方がうまくいくのではないか。しかし現実には逆で、首長が第3セクターの社長になっていると資金を融通します。そうでないと融通しません。私は、これは話が逆なのではないかと思います。余計なことまで申し上げましたが。
(松原) その他もう一点だけ質問などお受けしたいと思います。

(古田) 私にとっては非常に刺激のあるお話を承らせていただき、ありがとうございました。先生は外国なり日本国内を広くご覧になっておられると思います。公共、特に路面電車などで非常にうまくいっている事例なりをご存じかと思いますが、ご披露していただければありがたいと思います。

(蝋山) 路面電車そのものについてうまくいっている事例は、ヨーロッパのケースがいろいろ紹介されるのですが、私はフランクフルトなどいくつかの、あまり成功例の典型とは言えないところしか具体的に経験がありません。しかし、初めてアメリカで生活した時の話を申し上げたいと思います。

 先程から私のお話の中でお分かりのように、実は私は自動車が運転できないわけです。運転するのが怖くて仕様がありません。お金を出せばスピードのある、性能のいい自動車は買えますから、どうしても負けずぎらいなので、事故を起こすような自動車を買うことになるだろうということで、私は運転をしません。

 アメリカへ初めて行く時に、自分で自由に場所を選ぶことができたので、いくつかの条件を付けました。自動車を運転しなくても生活できることが第1の条件でした。その他の条件は、日本人があまりいない。しかし、日本に関心がある。そういう条件で選んだところが、シアトルでした。シアトルは今や、佐々木やイチローで有名になり、たくさんの日本人が住んでいるようです。マイクロソフトの本社もシアトルの郊外にあります。ですから、今ではシアトルは私の条件では第1の条件しか満たしていません。

 ともあれシアトルには、バスが便利でした。それも大学からダウンタウンまで2両連結の路線で、パーク・アンド・ライドの典型的な街でした。路面電車は走っていなくて、モノレールが1本あっただけですが、私はこれを利用しませんでした。非常にバスが便利で、24時間運行されていたし、ダウンタウンには自家用車の乗り入れ制限もあったので、非常にバスを多用しました。バスの乗り換えも、いわば乗り換え切符ということで、バスでダウンタウンで乗り換えて、また別のところへという形でも料金が同じでした。全く不自由がなくて、タクシーもほとんど利用しませんでしたので、公共交通の大切さを痛感したわけです。

 ぜいたくをして街から何十マイルも離れて、広大な山すそや湖畔に立派な家を持ちたい人には、自家用車は必須でしたが、ごく普通の生活をする私のような若くて貧乏な学者にとってみれば、大学の近くに住んでダウンタウンまで行くことはバスで十分でした。ですから、あのようなタイプのバスであればと思いますが、全く日本のバスとは違います。  一例だけ申し上げます。混んでくると、あれは後ろから入って前から出るバスでしたが、乗る人がたくさんいると、前からも人を乗せるし、真ん中のドアも開いて人を乗せます。そして、出る時もそうです。切符はどうするかというと、降りた人が道路から運転手の方に切符を出します。非常にバスらしい柔軟性を持っていました。日本のバスでそういうことをするバスはあるでしょうか。厳密に後ろから乗る場合には、乗る人は全部後ろから、降りる人は全部前からと決まっていて柔軟性がありません。これは電車の影響です。そういう点で、バスのバスらしさを十分に活かすことができるならば、バスもまた面白いかと思いますが、なかなか難しいでしょう。

 古田代表幹事のご質問にうまく沿っているかどうか分かりませんが、そういう点で私はアメリカ人らしさ、柔軟性というものをバスの運行について感じました。

(松原) ちょうど時間もまいりました。これにて閉会します。ありがとうございました。
 
                                   以 上

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