« 【0012】万葉線存続運動・蝋山先生ご講演(3) | トップページ | 【0014】万葉線存続運動・蝋山先生ご講演(5) »

2010/03/09

【0013】万葉線存続運動・蝋山先生ご講演(4)

■ 富山での公共交通再生のために何をすべきか
 万葉線の問題を議論したとき、企業経営者の方から、「万葉線のように12年間で39%も利用者が落ち込んでしまっているところの経営には夢がない。だから、何か夢を与えなければいけない。万葉線を新高岡まで延長したり、千保川を越えて金屋町の方まで延伸するなどの拡張・成長政策をとるような発想をあらかじめ経営者に委ねなければ、夢がないからうまくいくはずがない」というご批判を受けました。しかし、これは高度成長時代の発想だろうと思います。大きくなることにある種の夢があるというのには限界があるのではないか。もちろん、ある種のビジネスには大きくなる余地があると思いますが、こと公共交通問題に関して言うならば、そうした大きくなるという夢はないと思います。しかし、新しいことにチャレンジするという夢はあります。第3セクターとしてうまくいかないというのは当たり前ですが、全国に先駆けてそれに成功する第3セクターを作ることがある種の夢となるのではないかと思います。

 ここでうまくいかなかったら、先程申し上げたように、高岡の地域の公共交通は全滅します。そして、自家用車と道路にすべての交通問題を基本的に任せるということになります。それでは高岡・新湊は普通の街になってしまうでしょう。このことはおそらく富山についても言えるのではないでしょうか。富山の方がより良い状況で、万葉線より深刻ではないかもしれません。現在の富山地鉄が走らせている路面電車は、私も富山に来た時には買い物などには利用させていただいていますが、少なくとも万葉線よりは乗り心地も良いし、便利です。しかし、経営はそれほど安心して良い状況ではないと伺っています。ある種の工夫が必要でしょう。

 その工夫とは何か。公共交通にはその地域を表す匂いがあり、雰囲気があり、個性があると申し上げました。やはりそれをきちんと活用することが基本になるだろうと思います。ただ単に、富山駅前から西町へ人が移動する手段だと考えたのでは、バスと同じではないかということになります。路面電車には、それ固有の匂いがあるのです。その匂いを嗅いでもらわなければいけないし、嗅ぐ習慣を付けなければいけないと思います。

 私が具体的に万葉線について、また富山地鉄についても提案したいことは、例えば教育の場としてこれを利用することです。学校の行事で例えば美術館に行く時に、富山市にある素晴らしい美術館は富山地鉄の電車の停留場とはやや距離がありますが、歩いて歩けないことはありません。バスに乗らずに、富山地鉄の路面電車に乗って見学に行くことを年に一度義務付ける。教育委員会はそういうことを奨励して良いのではないでしょうか。
 万葉線の場合であれば、新湊の小学生や中学生が瑞龍寺に見学に行くことをどれくらいしているかは知りませんが、私はもっともっと地元を知らなくてはいけないと思います。瑞龍寺に新湊の小学生・中学生が見学する時に万葉線を使い、高岡駅から地下道をくぐって瑞龍寺まで歩きます。これは学校の先生にとっては大変かもしれません。もしもその間に事故があったらどうしようかと心配すると、やはり校門の前までバスが横付けになって、瑞龍寺に行くとしても瑞龍寺の山門の前までバスに乗っていく方が先生にとっては楽かもしれません。子どもが仲間だけでバスの中で騒いでも誰も文句を言いませんから、子どもにとっても楽かもしれません。しかし、教育は楽なことの連続ではすまされないのではないかと思います。
 
 この間、ある富山のテレビ局が、高等学校の先生方が北陸本線に乗って、高校生の車内でのマナーを矯正している画面が出てきました。これは私よりも一時代前の先輩方が歓楽街で制服を着て歩いていると補導されるという姿の現代版だと受け止めてぞっとしました。確かに列車の中での若い人のマナーは悪い。しかし、それは当然です。長い間電車に乗って学校に行くという経験をした人が少ないのですから、あるいは、他の人も乗ってくる公共交通機関を利用して見学や遠足に行くことはめったにしないのですから、自家用車の中で好きな物を食べて、だらしなく足を前に突き出して移動するのと同じつもりで列車の中で振舞うのは当然です。それが問題だと考えるならば、やはり小さなときから公共交通に慣れ親しむことをしなくてはいけないのです。要するに、公共的な交通手段にはそうした教育面、啓蒙面での機能も持っています。社会生活はいかにあるべきかということを教える役割も持っています。そういう役割をもっと活かすようにしたらいかがかという、これは1つの具体的な例です。

 あるいは、万葉線のような公共交通機関に低床電車を導入することができたら、お年寄りに優しいということになります。しかし、高齢者が利用するさまざまな施設が、万葉線なり、富山の地鉄沿いに存在しなければ、これも意味がありません。高齢者に優しいと言ってもせいぜいショッピングや、あるいは都心にたまに出かける時に利用されるに過ぎません。しかし、考えるといろいろなところに高齢者のための施設は存在しています。私の大学の隣にも「万葉センター」という高齢者のため施設があります。私もエリジブルな(資格がある)のですが、お風呂に入って歓談できる、ちょっとしたスポーツもできる施設が大学のすぐ隣にあります。安くて比較的施設が良いということで、新湊からも来る方がおられるそうです。もちろん高岡市民で60歳を超えているとタダですので、私の場合はタダでお風呂に入れます。しかし、皆さんは自家用車で来られます。そういう施設が万葉線沿いには少ないのです。

 さらに、バスの利用は表で見るように40%台に落ちてしまっています。この12年間で50%を超える減少率を示したバス路線は、そういうことを一切考えないで昔どおりの路線を走っています。最近、コミュニティバスが富山を始めずいぶん使われるようになりましたが、まだまだJR富山駅が中心、あるいは総曲輪と中央通りということです。高岡でも、高岡駅を中心としたループ状の路線の上をコミュニティバスが走っているだけです。民間の加越能バスは、依然として古い人の動きをなぞったバス路線を走らせているに過ぎません。これでよいのでしょうか。例えば、米島口という万葉線の駅から高岡短期大学と昔の高岡の城下町で城があった守護町までの間の二上山沿いに、ある種のループ状にバスを走らせます。そこには電車とバスの連携のチケットを出して、従来と同じ値段で乗れるようにします。例えば、米島口まで220円で、プラス100円をオンすれば連続するバスに乗れるようにします。電車はパンクチュアル(遅れない)ですから、バスが必ず米島口に定時に待っていてそちら方面に、氷見でも伏木でも良いのですが、出発するということになれば、万葉線の乗客も増えるでしょう。また、高岡短大の学生のみならず、万葉センターを利用する高齢者にとっても高齢者のための施設が利用できるようになるのではないでしょうか。このような形で点を面化する、点を線で、万葉線あるいはバスなどの公共交通機関で結んで面化していくというネットワークの見直しが必要だと思います。 残念ながら、富山市でもあるいは高岡市でも、公共交通網はすべて駅を中心にして作られています。何本ものバス路線が万葉線と平行して走っています。私にはその意味が良く分からないし、比較的相対的に人の集まるようなやや新しい組織も、公共交通網を使ってはアクセスできない形で、自家用車の利用を前提にして作られています。今後も主力は相変わらず自家用車でしょう。しかし、やはり公共交通網でアクセスができるように、あらゆる交通網をもう一度見直す。その中心は路面電車であり、私鉄、要するに鉄軌道手段であり、それとバスをうまく組み合わせることが必要なのではないか。そういうことをいろいろ考えると、私は、将来は真っ暗ではなくて少しはほのかな明かりが、富山の公共交通網についてあるのではないだろうかと思います。

|

« 【0012】万葉線存続運動・蝋山先生ご講演(3) | トップページ | 【0014】万葉線存続運動・蝋山先生ご講演(5) »

公共交通」カテゴリの記事

資料」カテゴリの記事

路面電車」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。