« 【0009】万葉線存続運動の記録のご紹介 | トップページ | 【0011】万葉線存続運動・蝋山先生ご講演(2) »

2010/03/09

【0010】万葉線存続運動・蝋山先生ご講演(1)

「地域交通と街づくり」
日時 平成12年12月1日(金) 10:00〜11:30 場所 名鉄トヤマホテル4階「瑞雲」
講師 蝋山昌一高岡短期大学長(当時)

 今日、私に与えられたタイトルは「地域交通と街づくり」です。だが、私の専門は交通経済学ではなく、交通経済学とはだいぶん距離がある金融という分野です。そういう点で、なぜ私がこういう問題を話さなければいけないのかと逃げ回ったのですが、粘りの松原吉隆氏からどうしても逃げられませんで、こういうお話をさせていただくことになりました。私が万葉線の問題に関与したから、何か言えるだろうということだと思います。したがって、今日の私のお話は、交通問題を専門にするエコノミストとしての視点というよりも、むしろごく普通の生活者として、富山で2年と8か月過ぎましたが、その間の経験をベースにして、やや経済学を勉強した者らしく少し整理をしてみるというところです。ですから、専門家から言わせれば、大変甘い議論を申し上げるかもしれません。ただ救いは、先程のご紹介にもあったように、私は「旅の人」であることです。どうも「旅の人」というイメージは、人によって受け止め方が違うようですが、やくざで言えば一宿一飯の義理で、その義理を果たすために討ち死にするということだろうと思います。ですから、相当勝手なことを言ってもかまわないという雰囲気があるようにも察せられますので、少々気が付いたことを私なりに申し上げたいと思います。

■ 富山の経済立地
 まず、交通という問題を考えてみると、それは立地の問題と裏腹の関係にあるわけです。我々の経済活動は、場所というものの上で行われるわけですから、どういう場所でどういう活動が行われているか。その場所と場所を結ぶ、いわば人や資源の移動手段として交通というものが考えられます。ですから、交通の問題を考える時には、立地という問題をどうしても考えなければいけないわけです。

まず、富山の経済的な観点から見た立地という問題を考えてみたいと思います。その上で交通の問題に入りたいと思います。私の印象としては、富山の経済立地は極めて点として散在しているという印象を持ちます。逆に言えば、集積という点ではどうも未成熟ではないだろうか。これからの大きな課題は、そうした散在する点をいかに面として形成するかということになります。ひとつは、これから新しい経済活動を誘致する場合に、まとめて誘致しようということで、工場団地やオフィスパークなどの仕掛けを作って誘致する。あるいは、空間的には散在しているかもしれないけれども、それを時間的に考えればうまく繋げるように交通網を整備するという発想で面を形成し、集積を実現させていこうということになるだろうと思います。しかし、そういう点から富山を考えた場合、私には富山はまだ成熟、完成していないように思われます。  
 
先程ご紹介された私の略歴でも想像されるように、私は、教育は東京周辺の関東で受けましたが、その教育の成果を職業として活かす場所としては関西を選び、関東で29年、関西で28年を過ごしました。ですから、私は、北陸をほとんど知らなかったわけです。そういう観点で、富山をいつ頃意識したかというと、「富山・高岡100万都市建設構想」、あるいは、さまざまな海岸線に工場地帯を立地していく中で、日本海側の有力な集積の場所として富山が国の計画の中で重要視されました。そうしたことを通じて、富山の経済が少し私の頭の中に入ったという記憶があります。  その後、実際に高岡に住むようになり、かつての「100万都市建設構想」の中核と言われた海岸線沿いを自転車で走ってみると、一体その面影はどこにあるのか。確かに工場は並んでいますが、私の見るところは、極めて惨たんたる高度成長時代後期の政策のいわば残骸があるだけです。もちろん、工場が活動しているのは分かりますが、面としては惨たんたる成果であることを実際に目で見てきました。そのことを下河辺淳氏に、「もう少し自転車に乗って地を這うようにして現場を、自分でやった政策の結果を見たらどうか」と言ったら、いやな顔をされました。  
 
さらに、面のあり方を考えた場合、どうも最近は面自体の性質が変わっているように思えます。かつては物を作る、生産をするという点での効率性を高めるために面を指向しました。集積の利益は生産の面から捉えられたわけですが、私は、最近はそういうことでは不十分ではないかと考えています。もちろん、そういう側面が依然として大切であることは否定しませんが、もう少し生活をも巻き込んだ、面の中で働くだけでなく、生きるという、生活を巻き込んだ総合的な意味での面の効率性を考えなければいけないのではないでしょうか。こういう新しい観点をも含めて考えて、富山の経済活動を面として捉えると、未成熟さが一層目に付くのではないかと思います。 典型的には、私は大学というものを念頭において考えています。自分が働いているから良く分かるのですが、大変もったいないと思うのです。どういうことかと言いますと、高岡という17万5,000人の中都市に2つも大学があります。しかし、立地は北と南に分かれています。私の奉職している高岡短期大学と高岡法科大学です。2つの大学の学生数を合計すると毎年1,000名を超える学生がいるはずですが、一体どこにいるのか、高岡の街に学生の姿は、高校生は目に付きますが、大学生はほとんど見えません。

富山大学は総合大学として非常に大きな大学であり、北陸有数の大学です。後で申し上げますにように、公共交通手段で容易にアクセスできる国立大学はどういうわけかだんだんなくなりました。北から考えてみても、北大、東大、京大ぐらいです。私の記憶違いもあるかもしれませんが、それ以外の国立の大学はほとんど街の中から放り出されてしまっています。それは工場等立地法で、都市の中に工場などを作ってはいけないという、この「等」の中に大学が入っていて、街の中から大学をたたき出すことになったのです。私の良く知っている大阪を見ても、大阪の環状線の中には4年制の大学は1つしかありません。小さな歯科大学があるだけです。  
 しかし、大きな大学になると何千という学生・教職員が活動していて、その人達のもたらす経済的な効果は、とても計り知れないところがあります。1学年200人しかいない、トータルで考えても学生・教職員合わせて600人しかいない、小さな高岡短期大学でも、毎月1人が1万円の金額をいろいろな形で支出すれば、相当大きな産業として大学は位置付けられるわけです。しかし、そういう発想がないので、大学関係者の学生・教職員が何か物を購入する時、金沢まで自動車を走らせることが当たり前になってしまっています。これでは適切な立地とはいえません。これからは、いわば生活を巻き込んだ形で、総合的にうまく循環するように、それぞれの点をどのようにまとめていくかを、真剣に考えなければいけない。そういう時期に来ているのではないだろうかと思います。

 このように考えると、企業に「来て下さい」と企業誘致をすると同時に、人にも「来て下さい」という「誘人」をしなければ、富山のような経済は今後うまくいかないのではないかと思います。短期間訪問する人を対象にする「誘人」活動は、おそらくツーリズム(観光)ということになるでしょうが、今後ある程度の期間生活してもらう方々に向けては、生活の魅力を高めることも同時に考える必要があるのです。生産指向のみでは企業の誘致、組織の誘致は難しいのではないかと思います。その点で、交通は大変大事だと思います。そういう生活を巻き込んだ総合的な面の形成を考えた時に、交通というのは重要なポイントになるでしょう。

|

« 【0009】万葉線存続運動の記録のご紹介 | トップページ | 【0011】万葉線存続運動・蝋山先生ご講演(2) »

公共交通」カテゴリの記事

資料」カテゴリの記事

路面電車」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。